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日本を見直そう♪ 鎖国の目的2

江戸時代の御朱印船貿易は、純粋に貿易を目的としていたので、繁栄をお互いの国にもたらしました。

 
ここで、あえて
 
☆純粋に貿易目的
 
と書いたには理由があります。
 
大航海時代といえば、スペイン、ポルトガル、イギリスと西欧がすぐに思い浮かぶかと思います。
 
ところで、この大航海時代を誘発したのも実は日本をはじめとする東洋文明だったのです。
 
15世紀のヨーロッパでは、
「東洋には全く歯が立たない。しかも、東方からはモンゴルやイスラム勢力が迫っていて、東への道が閉ざされている。このままではなす術もなく制服されてしまう。」という危機感が広がり、新天地を求め、海に向かいます。
 
また、直接の引き金は
 
◯ペストです。これに効くと信じられていた胡椒を始めとする香辛料がほしかったのです。
 
◯もう1つは、先日ご紹介した、マルコポーロ東方見聞録です。
 
ここで、知っておいていただきたいのは、この西欧の大航海時代は、純粋に貿易を目的として双方に繁栄をもたらすものではなくて、実際は侵略と征服の歴史だったということです。先住民を侵略し、キリスト教の名の下に、征服し続けていったのです。(本来のキリストの教えは、こうではなかったと思います。)
 
 
これらのことを知っていた秀吉と徳川家康キリスト教を、警戒していました。
 
17世紀はじめに来航したオランダやイギリスとの交易を平戸の商館に限り許可します。この二国はキリスト教の布教より、貿易の利益だけを求めていると判断したからです。
 
彼らからの情報で、スペイン、ポルトガルキリスト教を広め、日本の征服を企んでいることを知ります。
 
そこで、スペイン船の渡航禁止、日本人の渡航、帰国の禁止とだんだん統制を厳しくしていきました。これが、鎖国の意図だったのです。
 
ただし、幕府には国を閉鎖しようという意思があったわけではなく、キリスト教の流入防止が目的で、貿易と海外情報収集は維持したいと考えていました。西洋の侵略の魔の手から逃れるためにも情報は必要だったからです。
 
当時は、鎖国という言葉はありませんでした。
 
だから、何も徳川幕府は自分たちの政権維持のために日本人を文明から隔離したかったのではなく、逆に日本を守るためにとった政策が、後に鎖国と呼ばれたのです。
 
そして、実際はこの当時の日本人の精神性は世界に類を見ないくらい素晴らしいものだったのです。
 
次回は、その点をご紹介したいと思います。