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日本を見直そう♪ 日本に助けを求めたハワイの王様

近代憲法を求めたハワイのアメリカ人の運動は、実質的には、参政権を現地の人から奪い、実効支配していくものでした。

 
この日がくることをかねてから予測していたカラウア国王は、それ以前に日本に助けを求めていました。
 
その6年前、王は国賓として来日し、明治天皇に日本人のハワイ移民を懇願するとともに、国王の姪で王位継承者であったカイウラニ王女と山階宮親王の婚儀を申し出ました。当時、人間だと認められていた有色人種、国家は日本人と日本くらいだったので、日本の皇室と姻戚関係を結び、アメリカを牽制して、王朝の存続を図ろうという奇策だったのです。
 
ここから、日本という国が有色人種の国の希望の星だったことがわかります。
 
しかし、当時の日本は国際社会にデビューしたばかりで、まだ力がついていませんでした。西欧列強を敵に回す国力はなく、「アメリカと事をかまえるのは日本にとって今は危険」と判断した明治天皇は特使をハワイに派遣し、申し出を正式に断りました。
 
かくして国王は実権を奪われ失意のうちになくなります。
 
代わって即位をした王の妹、リリウオカラニは、あのアロハオエの作者としても知られる女王です。1893年、最後の抵抗を試みます。島民にも選挙権を与える憲法改正案の発布です。アメリカ系市民の権利は全て認めたうえでの改正でした。
 
しかし、駐アメリカ公使ジョン.スティーブンスは
「血に飢え、淫乱な女王が恐怖の専制政治を復活させようとしている」と嘘の訴えを本国アメリカにして、アメリカ市民の保護を口実に、ホノルル港に寄港させていた米戦艦ボストンの砲口を女王のいるイオラニ宮殿に向けさせ、海兵隊を出動させます。女王は強制的に退位させられ、以降、アメリカ人の大統領を誕生させることになります。
 
1898年、アメリカ人のサンフォールド.ドール(あのパイナップルのジュースで有名なドール家の二代目です。)は、島民の意思を無視し、アメリカに国土を寄贈、ハワイをのっとったのです。
 
アメリカがハワイをのっとった時点で、私は大東亜戦争、太平洋戦争の種は蒔かれたと思っています。
 
次回は、フィリピンです。