読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本を見直そう♪ ロシア

日本を見直そうシリーズ

アメリカについては、まだまだ続きますが、今日は、ちょこっとロシアについて触れていきます。

北の大地ロシアは、13世紀から15世紀までモンゴル帝国、次いでオスマントルコ帝国と東洋の支配にありました。

東洋勢力を撃退した後も、西洋からの侵略の脅威はありましたが、冬将軍という大自然の要塞があったため、決定的な侵略を受けることはありませんでした。

17世紀末、ロシアのピョートル1世の時代に、それまでツァーリズム国家(皇帝の専制君主国家)として発展してきたロシアが、膨張主義に目覚めます。ピョートル大帝は、自らイギリスやオランダに留学、西欧の思想、技術、文化を導入し、近代化に努めました。そして軍事力を強化、周辺地域の侵略に着手します。

当時のロシアの悩みは、海への出口をふさがれていることでした。冬には港が凍ってしまうためです。

不凍港の確保が、西欧諸国に追いつくためには絶対条件で、この目的のために「南下政策」が国策の基本に据えられます。以降、ロシアにとって南下政策、不凍港確保は伝統的国家目標となります。

18世紀になると、スウェーデンポーランドを収め、バルト海の覇権を握り、南下政策に基づいてトルコと対立し続けます。

一方、東方進出を狙って、シベリア、アラスカを領土にします。

南方政策の方はというと、シベリアからカムチャッカ半島を領有したロシアは、アヘン戦争に敗北した清の弱みにつけこんで、1858年、アムール川以北の土地を割譲させ、さらに2年後、ウスリー川以東の沿海州を譲り受けます。

こうしてロシアは、念願の不凍港ウラジオストクに得るのです。

ところで、ロシア後の

ウラジオストク

の意味をご存知でしょうか?

なんと、「東方支配」です。

ロシアの次の狙いは、朝鮮半島、日本列島です。

アメリカ、ロシアとみてくると、日本は侵略の危機に晒されていたことがよくわかると思います。

次、アメリカに戻りますね。