日本を見直そう♪ 日本が侵略されなかった理由2

航海技術や造船技術が進んでいなかった時代には、親潮黒潮がぶつかる世界的な海の難所であったことが自然の要塞となり、欧米の侵略から免れた理由の一つだと前回書きました。

 

とはいえ、現実に1492年のコロンブスのアメリカ大陸上陸から50年後に、ポルトガル船が種子島に漂着しています。ここから侵略の手を伸ばそうと思えばのばせたはずですが、実は「日本の高い技術と文化」がこれを阻みました。

 

他のアジア諸国が、なす術もなく白人による侵略、支配、植民地化されたのは、一つは原住民の教育程度の低さ、文明、文化の未開ということがありました。アジアの大部分の地域では識字率が極端に低く、文字すら持っていない部族もいました。そのため、西洋人は赤子の手をひねるように簡単に征服できたのです。

 

未開のアジアの中では、日本が例外的存在だったのです。

現在でも、日本人は技術をまねるのが得意であると言われますし、明治維新後、欧米の技術をうまく取り入れて近代国家への脱皮を成功させました。こうした日本の技術力は何も突然日本人が目覚めたからではなかったのです。もともと、日本には長い歴史の中で培われた広い技術基盤が存在していました。

 

例えば、鉄砲です。1543年に種子島に鉄砲が伝来しますが、初めて鉄砲をみた日本人は器用にまねて、自分たちの手で作り上げ、全国にあっという間に広がりました。これは、世界最強の日本刀などの製鉄技術があったからです。たった二挺の鉄砲を購入した八板金兵衛という人が1年後には20挺を制作しました。その後、様々な職人の手で改良が加えられ、本場ヨーローッパをしのぐ性能まで高められたのです。

 

また、幕末、プチャーチンが来航して難船した後も、伊豆の戸田の大工がすこし小型ではあたものの、全くそっくりの船を造り、ロシア人が驚いたという事実も残っています。

 

それらの技術が庶民に根付いていたのです。

 

この技術力を支えたのは日本人の「勤労」の美徳です。

 

西洋のキリスト教文化圏では、労働は神による懲罰で、「苦役」とされることが多いのですが、日本では古来から働くことは喜びであり、美徳であるという考え方が育っていました。

 

労働に喜びを見出す日本人は、技術に関しても追求し、高めようとします。日本独特の「道」の思想です。華道、茶道、武道・・・日本人は道をみつけるのです。また日本は職人の国「巧み〈匠〉の国」だったのです。

 

次回は、日本が侵略されなかった理由の3つめです。