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いじめの構造

いじめの構造については、2冊ほどご紹介しようと思っているのですが、まずはこちら森口先生の本です。

 

森口先生は、都庁、小学校、養護学校、都立高校を経て都庁に勤務された経験がおありなので、現場のことをよく知っていらっしゃり、きれきれの論を展開しています。

 

森口先生の言葉を借りれば「苔の生えたオールド右派」や「カビの生えたオールド左派」、そして心理カウンセラーの「いじめ論」では、もはやいじめはなくならないということにはおおいに同意いたします。

 

この本の特徴は、いわゆるスクールカースト制で、いじめを把握している点です。

 

いじめ行動は、確かに多様化しており、さらにいじめ加害者と被害者と明確にすみわけができているわけではありませんが、ここにスクールカースト」という視点を加えると、現代のいじめの構造が理解できると思います。

 

さまざまなモデルタイプが示されていますので、関心のある方は一読をお薦めいたします。

 

私は、このようなスクールカーストも、結局は個人の心の問題に帰結すると考えているのですが、他の本で現代の青少年の心理、そしてアメリカの心理学者の10代の心理からいじめを考えた結果からもこのスクールカーストで「いじめをしている者はカーストが下がる」ように様々な方策を考えるという方向性は、いじめを減らしていくうえでかなり有効だと思っています。

 

さらに、最近よくとりあげられる学校の隠ぺい体質ですが、これについては現場からの鋭い指摘があげられています。それは、隠ぺい体質があるのではなく、それぞれの別の理由によって生じる別々の現象が、外部にはあたかも隠蔽体質と映るだけという指摘です。

 

①いじめ時計調査いん「いじめなし」と回答する(してしまった)ために、いじめと認めたがらない(これが「隠ぺい体質」と言えないのは、事実を隠そうとしているわけではないからです。単に学校は「いじめ」という評価を下したがらないのです。

②日常的に理不尽な「いじめ主張」に付き合わされているために、本当に対処しなければならないいじめに鈍感になっている(鈍感さのレベルは人によります。いじめに対して比較的敏感で真摯に対応してくれるのは養護教諭だと思いますが、人によって態度が異なること自体が「いじめ隠蔽」が組織的でない証拠です。

③職員室の中に時限の低いいじめが発生している場合がある。そんな学校は当然教員のいじめに対する感受能力が通常よりも落ちるために、いじめが見すごされる危険性は高くなる。

④学校管理職の「危機対処能力」が低いために発言が二転三転し、あたかもいじめを隠ぺいしているように映る。

中略

⑤エセ人権行為(人権の名のもとに理不尽な主張をする行為)を行う団体の影響力が強い学校では、加害者の人権に配慮するあまりいじめが隠されがちである

⑥田舎で起こりがちな事件ですが、親も含めてよそ者への排除意識がある場合には、学校ぐるみ・町ぐるみでいじめを隠ぺいしてしまうことが起こる。

ともあれ、結果的に多くのいじめが隠ぺいされていることに間違いはありません。いじめを解決するためには、学校が敏感にいじめを認識する、認識したら対処するというあたり前のシステムを構築することが不可欠です。

確かに、意図的な隠ぺい体質とは言えないのかもしれませんが、結果的に「隠ぺい」になってしまうという点は、普通の民間企業だったら顧客から「隠ぺい体質」と評価され、見捨てられるところではありますが、学校という組織はそのような外部評価にさらされる機会が少ないので問題に気づき改善する機会を失ってしまったのかもしれませんね。

 

仏教だったか「知っていて犯す罪」と「知らずに犯す罪」のどちらが重いかという議論があり、法的には故意犯のほうがもちろん、罪は重いのですが、宗教的は「知らずに犯す罪」の方が重いという考え方があります。(知っているものは、反省、修正ができるが、知らないものはその基準すらないからというのがその理由ですが、法的に言えば、「規範意識」が欠如している状態とも言えます。)

 

書籍の内容に戻りますが、いじめ問題に対しては

「規範の内面化」と「いじめ免疫の獲得」という方向性を掲げており、

 

先生は様々な手段を甲いていじめを予防する。それでも時折先生の目を盗む小さないじめが起きる。調子にのっていじめっ子がやりすぎると先生に見つかって大目玉を食う。そんな経験を繰り返しながら『規範の内面化』と『いじめ免疫の獲得』が同時進行していく

ことをあたり前の学校の姿としています。

そのために

①校内犯罪には、即時出席停止、警察官による逮捕、家庭裁判所による審判、少年院送致や強制転校といった措置を取ることで、もっとも凶悪ないじめから児童・生徒を守る。

②被害者が被害を訴えてきたときには、精神科医スクールカウンセラーの意見を尊重し、学校がいじめを確認できなくても転校を許可することで、もっとも弱い被害者を守る。

という「いじめのセーフティネットが提案されています。

 

現場の先生が委縮していては、子供たちによい影響を与えない、だからといって国民や保護者からすれば自殺するまでいじめを放置し、その上隠ぺいしようとしていた学校を信用しろと言っても無理な話であり、この矛盾する要請の答えとしてこの本の内容を示しています。

 

確かに、もっと学校の先生に本来の仕事をいきいきとしていただき、信頼できる学校を保護者も国民も望んでいるので、難しいかもしれませんが、それを目指すという方向性を示唆したこの本は保護者や国民にも、そして学校関係者にも参考になることが多いのではないかと思います。