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二重生活を送る子供たち

今日は、少し「かたい」話です。

現代では、「学校と塾の二重生活」を送る子供たちが多いと思います。

私は学習塾も経営しています。その立場から、これを言うのは非常に心苦しいのですが、この二重生活が子供たちの負担になっていると思います。

学校について、少々考えてみますと・・・

高度成長期は、学校に対する国民の期待も高く、「私立より公立の方がよい学校である」とされ、公教育に権威があったと思います。
公立学校の先生方も、公務員としての使命感をもっていらっしゃり、
「親よりも高学歴の子供たちを創り、その高い教育力によって立国し、国を復興させよ」という意気込みがありました。

ところが、高度成長期が終わり、豊かな時代になってから、少し公教育が変わってきたと思います。

特に、塾教育が全国で盛んになってきてからは、学校と塾との競争が始まりました。
「知識や受験技術を教える」という面では、身分が保障された公務員による学校教育よりも、厳しい競争にさらされて実績で評価されている塾教育の法が、明らかに力を伸ばしてきました。

実際、元公務員の方は、塾業界ではほとんど採用されません。

私が経営する塾でも、一時期採用したことがあったのですが、
「無駄が多い授業」と生徒の評判がたったため
次の契約はしませんでした。

公然とは口にはできないものの、保護者も「表の顔」と「裏の顔」という二重の顔を持つようになってきました。

すなわち、

「勉強は塾でやり、学校は学歴を得るためだけにしかたなく行く」ということです。

学校のほうも学校教育では十分な勉強が出来なくなっていることは知りつつも、

「学校は勉強をするところである」
という建前は崩さないため、その建前のなかにむなしいウソが紛れ込んできているのです。

保護者も子供の一種の二重人格のように
本音と建て前を使い分け、
学校も建前を守り続けようとしているところに、
お互い精神的な疲れがあることは事実だろうと思います。

お互いにウソの部分がありながら、表面上はこれまで通りの姿で生活しようとしているところに
くらい歪が生まれ、子供たちにも精神的は負担を強いているように思えてならないのです。

教員の身分の安定性そのものは、教員の心の安定につながる部分もありますが、
腐敗の土壌になっている面もあると思います。

例えば、私が住んでいる千葉県では、昨年の千葉日報によりますと
「今年度に入り、教職員の不祥事が続いている。懲戒処分は千葉市分と管理監督責任を除き、今回を含め18人になった。半数近くの8人がわいせつ関係で、21日会見した千葉県教委幹部は『今までもわいせつ行為の防止対策を行ってきたが、今後さらに分析して取り組み方を検討したい』と述べた。」
とあります。引用元:千葉日報

また、昨今のいじめの隠ぺい、教科書会社からのディベートともとられかねない報酬の受け取りなど
少し社会からずれた感覚がまかり通っています。

もちろん、すべての教員がそうではなく、中には真摯に子供たちのために頑張っている先生方もいらしゃいます。
本当に頭が下がります。

素晴らしい志を持つ先生方が、これからも素晴らしい仕事をし続けることができるよう、
公務員の身分保障には、何等かの改善が求められるべきだと私は思います。

(例えば、医師は刑罰をおかしたら医師免許はく奪ですが、教員免許はそうではないのです。したがって、履歴書には合えて賞罰を書かずに、
教員免許保持者と名乗れるのです。)

いじめ問題についても、きちんと解決してくれた先生を評価するような制度を求めて生きたいと思います。