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いじめはいじめられる子が悪いという論理のすりかえ 母としての反論

先日、来春のシンポジウムの打ち合わせをしておりましたら、

「いじめはいじめられる子が悪い」

「強くなればよい」

というパネリストがお見えになるということで、まだ、このような論調があるのかと正直、驚きました。

 

2013年「いじめ防止対策推進法」ができ、法律として「いじめはよくない」「いじめは犯罪」という制度ができたにもかかわらず、やはり根強く残る「いじめられる側が悪い」「いじめられる方に原因がある」という論調。

 

百歩譲って「いじめられる方に理由がある」としても、理由があったらいじめてもよいのでしょうか?

私はそうは思いません。

私がいじめ問題に取り組みきっかけとなったのは、非常に優秀な教え子が「いじめられないために」教室で身をひそめているというこにとに疑問を覚えたからですが、実際、私の子供もこのいじめ問題に巻き込まれたことがあります。

そのときの解決方法は、AERAでも紹介されました。

(個人的に朝日新聞は好みませんが・・・いじめ問題解決の役に立てばと思い取材をお引き受けしました。)

私が発信することで、今は仲良く友人関係を育んでいる当時の加害者に何等かの影響があると困ると思い、その後、この件に関してはあまり口を開くことは少なくなってまいりましたが、もう、何年もたっており、お互い進む学校も違って、特に相手を特定されるという可能性もほとんどなくなってきましたので、事例をご紹介したいと思います。

 

私の子供は、ゆったりとしたのんびり屋で、保育園時代も「やさしいから結婚したい」と言われていたような子でした。

その子が、だんだん他の兄弟に対し、少々荒っぽく接するようになり、ついには放課後ある友人(A)を蹴ったということで、まず、その子には謝り、その後、どうしてそんなことをしたのかという話を聞くうちに出てきた話は、信じられない話でした。

BとA(性別を特定しないようあえてさんも君もつけません。)が、組んで、早生まれのうちの子供に対し、「年上の人の言うことは聞くものだ」と言い続け、「王様ごっこ」をしているというのです。

Bが王様、Aは家臣、うちの子供は「家来」です。

王様は、家来に「○○の筆入れを持ってこい」「△△のお菓子を手に入れろ」「◇◇をなぐれ」と命令します。

もちろん、家来はそんなことはしたくないので拒否をします。

すると、「では、罰を与える。体をひらけ」といって、両手を広げて、両足を広げて立たせ、急所を蹴るという罰を毎日与えるのです。

この件については、私が「いじめ防止指導員」「いじめ相談員」としての経験を活かし、すぐに学校と連携して解決をしました。その後、王様と家臣だったAとBとも普通の友達関係には戻っています。

 

さて、上記のような事例でも、はたして「いじめられる方が悪い」とそのパネラー予定の方はおっしゃるのでしょうか?家来役の子は、何をすればよかったですか?

王様に命じられて、池の中に入り、衣服がびしょびしょになっていても周りの大人は仲良く遊んでいて、間違って池に入ってしまったという認識で、気づくことも、家来役の子供の話を聞くこともありませんでした。

今、考えれば「年上の人の話は絶対に聞かなくてはいけないの?」と子供に聞かれたときに、ゆっくり話を聞いてあげればよかったのかもしれないと思います。小さな下の子たちの世話と仕事の忙しさで、「世の中に絶対にということはない。その人の言うことを聞いて、周りも自分もよくなることなら聞いたほうがいいし、その反対ならば聞かなくてもいいと思う。」とだけ答えていました。ですから、母としての反省すべき点は多々あります。

 

しかし、うちの子供が悪かったとは思いませんし、強くなったからといって解決できる問題でもなかったように思います。AとBも、うちの子がのんびりとやさしくおとなしい真面目な子供だったから「家来」に選んだのだと思います。

親としては、本当に苦しい三日間(発覚から三日で解決しました。)でしたが、やはり子供たちに「善悪」を教えることが出来、よかったと本当に思っています。

そして、その後、いじめ問題に本格的に取り組みようになった今、この「王様ごっこ」はまだ「中程度」の部類に入るいじめだったことがわかります。

もっとひどい、本当に犯罪レベルのいじめが横行しているのです。

それでも「いじめられる子が強くないから悪い」と仰るのでしょうか?

何度か紹介しておりますが、ノルウェーのダン・オーウェルズ教授のいじめの研究では

いじめ加害者の6割が24歳までに、何等かの軽犯罪を犯すという統計が出ています。

「いじめはいけない」「いじめは犯罪」ということを、しっかりと子供たちに教え、善悪の規範意識を養うことが大人の責任ではないかと思います。

今日は、子供のいじめを経験した1人の母として反論いたしました。